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#0957




Photo exhibition of travel mind

アイヤルミチ 〜 Path of the Okinawan Butterfly         

アイヤルミチへの道 25


03年夏、沖縄で再会した高校時代の仲間、ダイスケ。彼の部屋で初めて聴いた
ギタリストの音楽は、未来の僕を、現在の僕を生んだ。それから沖縄に住み続け
ダイスケは、沖縄を旅する僕の心の拠り所にもなってくれた。

僕という人間や、またはこの写真展には、ギタリスト小川榎也さんの存在がどう
してもかかせない。彼の沖縄で描いた多くの名曲は、特にオキナワを表している
ものではないが、真実を届けているという点で、僕の心に特別なものを長く与え
続けている。

7年前に開催した沖縄写真での個展。まだ出会えたばかりのカヤさんが遠くから
車を走らせて、仲間として写真を見にきてくれた。
きっとその時、彼にはまったく僕の写真は届かなかったことだろう。そして今も
おそらく彼の心に響くだけのものは、僕は持ち合わせていない。けどそれでいい
だろう。あらゆる表現者の追い求めるものに、同じはないのだと思うから。

激しい憧れは、時に残酷な結果をも生む。僕が自分について失望した頃、必ず彼
の音楽がそこにあった。それらを通り越し、やがて希望に溢れる時には、彼の音
楽が不思議とそこにはなかった。僕にとっての写真は、底の知れない悔しさの中
でしか、存在してこなかったのだろう。

今の僕が過去の写真を上手にまとめてみても、想えることはそんなにたくさんは
ない。傷つくことに慣れ過ぎてしまったのか、ある程度でも自分の考え方を変え
る他なかった。けどそのおかげもあって、僕はどんなにささいなことにも、多く
の幸せを感じるようになった。以前は写真がなければ生きていけなかったけど、
今はその想いが失せようとしても、しっかりと生きているのだから。

オキナワという土地には、その歴史が語るように、本質的には傷ついた者たちの
血が流れている。そこに導かれた者たちすべてが、その傷を癒せるわけではない
が、激しく求めた者には、自分にとっての何か大切なものに、必ず出会えている
はずである。それに気付けるか、気付けないか、すべてはそれだけ。

僕は彼の音楽に出会い、素晴らしい仲間たちにも出会えた。その多くの者とはな
かなか会えない日々が続きそうだが、きっと僕の便りだけは、それを続けている
限り、届いていることだろう。

道はとても簡単に閉ざせるもの。しかし誰かと再会できる度、僕は新しいこと
も挑戦できるのだと思う。
あらかじめ敷かれたような道を辿ることはとても簡単だ。その中で、どんなに狭
く通りにくくても、君が何かを想える道を見つけることができたなら、それほど
幸せなことはないのだ。



#0957-06-09 /  Local Hard Shower 

at 01:56, yusukesato, Ay

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comment
Daisuke, 2011/11/03 11:58 PM

DM、届いたよ。
謝謝!
期間中は、大連から成功を祈ってます。
またね。

yusuke, 2011/11/04 12:21 AM

いつもありがとう!
東京のオキナワから、君のこれからを祈っておきます。
風が強かったら、黄砂と一緒に飛んできてもよいぞ。










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