
今くらいの季節になると、武蔵野美術大学でしていた撮影のことばかり考えて
いる。
僕が自分の出た大学をわりと好きになったのは、たぶん卒業してからだ。あの
6年の在学期間はなんだったんだろうね。
2004年から5年間続けさせてもらった撮影の仕事。大学のパンフレット類
のため、卒業制作にあたる全学科(10学科以上)の学生さんたちを、毎年1
月に、たくさんのフィルムと共に、死ぬ気で撮影していた。
誰かの期待に応えよう、もちろんだんだんそうなっていくわけだけど、単なる
仕事というより、カメラマンになっていく自分というより、ひとりの人間とし
て、大げさでなく、生きるか死ぬかの覚悟で望んだものでもあった。
僕の大学の友達からの視点で見ると、かわいい女の子を見つけては撮るすばら
しいお仕事って当然なるんだけど、それは事実として置かせてもらってね。
それなりに撮ったら適当なところで切り上げればいいのに、さらに撮るべきも
のを求めては、意識すらなくして彷徨い続ける毎日だった。そこまでしないと
写真はきっと、写真にならないわけだよね。これは分かる人でないと分からな
いだろうけど。
僕がそこで得たものは、とてつもなく大きな財産になったかもしれない。写真
についての知識はまったくなかったけど、ポジフィルムで撮っていたから、自
然と身に付くものも多かった(今のカメラならそんな必要ないけどね)。信頼
できるデザイナーたちの仕事っぷりや、年下の多くの素晴らしい才能たちとの
出会いなどもあり、それは充実した5年間で、今もその恩恵をかろうじて生き
る術にさせてもらっているのかな。
その撮影はもう終わってしまったけれど、それから毎年1月にやってくるこの
喪失感、まだ続いているよ。それを真剣にやり過ぎたためなのか、代わりの対
象を見つけたくても、なかなか見つけられそうにない状態だ。続けなければ思
えないことの答えは、しばらくどこかに置いてきただろう。
当時から、この撮り続けてきた幾千もの写真で、いつか写真展をできたら素晴
らしいだろうなとは思ってきた。魂を込めた特別な期間をそのままにしておく
のだけは、僕にとっては耐えられないのだ。そのタイミングだけはずっと考え
てきたけど、多くの人間がこれに関わっているし、フィルムはなんせ学校の所
有だから、これがきっと、なかなかうまくいかないわけだ。僕が一部では名の
知れた写真家やカメラマンにならない限りね。
3年前にその撮影の全フィルムを家に送ってもらって、全写真を見てフィーリ
ングで写真を選んで、簡単にスキャンだけはしたことがある。それでも丸1ヶ
月はかかったけどね。その時はこれでいい作品ができるとはあまり思えなかっ
た。なんせ当時のフィーリングでもあるわけだから、それはかわいい女の子の
特集にしかならなかったわけだよ(笑)!
けど、今の僕ならきっとできるね。あまりにも尊いものからかけ離れた自分に
なったと感じた時、初めて見える世界があるのだと、今は思っている。
学生さんとはいえ、あんなにたくさんの、純粋にモノ作る人の眼差しを目撃し
続けたことは、今の自分になによりも重くのしかかってくる。これがやがて、
失われていくものだと身を持って想うとね。もっともそんな時代すら終わりつ
つあるのも、今はよく理解しているけどね。
世界的な活躍をされているある写真家の人から、自分が本当にやりたい、やる
べき、運命的な写真展を自分が納得のいくよう実現させるのは、取りかかって
から10年くらいはかかるよ、と言われたことを思い出す。
だからあと最低でも1、2年は撮影を続けたかったけど、撮影料いりませんか
ら、とは言えなかった自分がいたな。このへんがダメだよね。お金というもの
が自分の存在意義を変えてしまうことに、あまり気付けてなかったな。
けどこれについては、2004年に始まりがあって、10年後は2014年だ
よ。ひとつに繋がる時が来るといいんだけどな、と思っていても来ないことも
なんとなくわかってきたので、そろそろ、強引に掴みにいってもいいかもしれ
ないね。
#1063-09-01 / Musashino Blue